おばあちゃんの足の傷

おばあちゃんの足の傷

私の家族は核家族で、お父さんの母親にあたるおばあちゃんと同居していました。

父と母が結婚した時に、母が父の家に入る形で同居をはじめ私が生まれました。

私が生まれると初孫としてみんなに可愛がられ、実の母親であるお母さんが私を抱けないくらいみんなが私を取り合っていたくらい可愛がられたそうです。

特におばあちゃんは私の面倒を本当に良く見てくれて、私はおばあちゃんっ子として大きくなりました。

おばあちゃんの事が大好きで、家族でスーパーにでかけると必ずおばあちゃんと一緒に行動しました。

おばあちゃんと一緒だとお菓子を買ってくれるし、ソフトクリームも買ってくれる。

そんな甘い欲望にもメロメロでした。

また、学校から帰ってきたら一番におばあちゃんの部屋へいきおやつをもらいました。

夏になると私たちの帰りを待つようにおばあちゃんの部屋はクーラーでキンキンに冷えていました。

だから走っておばあちゃんの部屋に行きクーラーで冷え切った部屋で涼み、すいかをいただくのが日常でした。

そして物心ついた時におばあちゃんの足に大きな傷があるのを見つけました。

おばあちゃんに「これ、何の傷?」って聞くと「昔転んでね。」と言っていました。

しかし後になって母親から、私が幼い頃に旅行先でトイレが我慢出来なくなって、おばあちゃんが私を抱えてトイレを探してくれて入ったトイレが「ぽっとん便所」(水洗トイレではなく昔の汲み取り式の掘ってあるトイレ)だったため幼い私が落ちたら大変だと、おばあちゃんが私を抱えておしっこをさせていた所手を滑らせてしまって、私がトイレの中に落ちたら大変だと思ったおばあちゃんは私をかばう形で大転倒。

そのまま救急車で病院に運ばれる大事件になったそうです。

私のせいで、おばあちゃんに傷が残ってしまったと申し訳ない気持ちになったとともに、おばあちゃんの愛情を一番沢山受けて育ってきた事に大きな感謝をしました。

今、おばあちゃんは隣町のグループホームに入っています。

痴呆が酷くなり、家族ではお手上げの状態になってしまい、施設に預ける事になりました。

しかしそうする事で最善の介護が受けられ家族はいつも会いにいく形でサポートしています。

それでももう私の名前も覚えていなくて、息子であるお父さんの名前すら出てこなくなりました。

そして自分の家も施設だと思っているみたいで、実家に連れて帰ってきても「早く家に帰りたい」と駄々をこねます。

ここが自分の家だよ。って言いたいけど、忘れてしまっているのか思い出したくないのか…

そんなおばあちゃんをみんなで見守っています。

生きてくれているだけでいい。

父はおばあちゃんの存在があるだけで頑張れるんだって言います。

ありがとう、おばあちゃん。

そして長生きしてね。

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近年のベビーラッシュ

最近私の周りではベビーラッシュです。

ちょうど今年30歳を迎える私は年齢的なものでも先輩や後輩や同級生が結婚して子どもを産む時期でもあり、周りの人たちがすごく多く妊娠していっているので自分自身ちょっと焦ります。

しかし、昨年から今年にかけては日本全国の統計的に見ても世界の統計で見てもベビーラッシュだといいます。

ここ数年で今までに考えられなかったような人的災害や自然災害で多くの人の命が失われましたよね。

だからその反対に新しい生命が誕生しているのかなって言う風にも考えさせられます。

人間、出会いがあれば別れがある。

生まれた瞬間から死の瞬間へと歩むだけ。

だから誰にだって必ず死は訪れます。

しかし、別れもあれば出会いもある。

どんな悲しみ苦しみに打ちひしがれようとも、どんなどん底にいようとも、生命の誕生の瞬間に遭遇すれば勇気をもらえるものです。

新しい命との出会いに沢山の勇気をもらうはずです。

東日本大震災でも、多くの悲しみの中でどれだけの人たちが新しい命との出会いに励まされたことでしょうか。

赤ちゃんの誕生だけに限らずとも、放射能に犯された福島の荒地に咲いた花や樹木、今も荒れ果てた血に再生の息吹のように新しい命は誕生しています。

現在「復興」と囁かれつつも現状どうなているのかについては全く明かされていない福島第一原発とその周辺の危険区域にしていされている土地。

そこから空を越え海を越え空気にのってどこまで見えない恐怖が散っているのか…

想像するだけで怖いですが、今もその付近で生活している人がいて、暮らしている子ども達がいる。

私みたいに30歳を過ぎたおばさんなら、20年先・30年先って言われたらおばあちゃんだから諦めがついても、今生まれた命の20年後・30年後と言ったら一番人生の中でも活発な時期で…

そんなに若く命をとられるような事があったら日本を恨むしかなくなります。

ましてや放射能の影響で親よりも先に子どもが死ぬような結果になってしまったら、悔やんでも悔やみきれません。

今、何よりも希望となる新しい命たちに日本の未来を託せるように、守っていかなくてはいけない。

日本人を絶やしてはいけない。

そう強く思います。

そのためにも、日本の政府はしっかりと情報を確認して公開して、危険を回避しなくてはいけません。

どうか、政治家の皆様情報を隠蔽したり工作したりせずにありのままに伝えてください。

国民はそれを待っています。

未来を担う、子どもたちのために…